2030年を前に旅館が直面する本当の分岐点

年の瀬になると、
どうしても一年を振り返る視点になる。
2025年の観光業、宿泊業、旅館業を
思い返すと数字だけを見れば、
回復という言葉が
似合う一年だったようにも見える。
インバウンドは戻り人の動きも確実に増えた。
一方で現場に身を置いていると、
その回復がそのまま
希望に結びついているかと言われると、
必ずしもイエスとは言い難いというような、
少し首をかしげたくなる感覚も残る。
忙しさは戻った。
だが余裕は戻っていない。
反対方向にお互いを引っ張り合うような
そんな一年だったように思う。
そんな2025年を経て、
2030年を少し想像してみる。
まだ先の話のようでいて、
実はもう始まっている未来でもある。
───
2030年という年は、
観光業界では一つの節目として
語られることが多い。
インバウンドのさらなる拡大。
市場規模の成長。
ただ旅館という業態に目を向けると、
そこに広がる景色は、
決して良いことづくめではないと感じている。
むしろここから先の五年で、
静かだが決定的な変化がいくつも重なっていく。
その多くはすでに現場で兆しとして現れている。
───
まず避けて通れないのが
人材不足だ。
これは今に始まった話ではない。
ただ2030年に向けて本当に深刻になるのは、
単なる人手不足ではなく、
事業そのものを引き継げない宿が
増えることだと感じている。
後継者がいない。
あるいは名前だけは継げても、
中身は維持できない。
旅館の事業承継は、
不動産を渡せば終わる話ではない。
運営ノウハウや知恵。
現場の判断。
そして日々を回してきた人の存在。
その中でも、
今後とくに影響が大きくなるのが、
売りになりやすい食事提供の継承だと思っている。
───
料理人不足は、
すでに全国的な課題になっている。
この五年間で調理人のなり手は確実に減った。
若い世代が入らない。
長時間労働。
責任の重さ。
休日の取りづらさ。
改善しようという動きはある。
けれど働き方改革の流れと、
旅館の食事提供という構造は、
正直なところ相性が良いとは全く思えない。
さらにそこにインバウンド対応が重なる。
食事制限。
宗教配慮。
アレルギー。
提供スピード。
料理そのものだけでなく、
説明や対応まで含めて、
厨房と現場の負荷は確実に増えていく。
すでに今の時点でも、
厨房は限界に近いコントロールを
迫られている宿が多い。
このまま何も変えずに進めば、
五年後料理を理由に営業を縮小する宿が
出てきても不思議ではない。
───
もう一つ見過ごされがちだが重いのが、
旅館不動産としての問題だ。
老朽化。
耐震。
設備更新。
修繕費。
毎年かかるコストは、
確実に積み上がっている。
売上が伸びても、
利益が残らない。
修繕に回す余力がない。
結果として、
建物を引き継げない。
あるいは引き継ぐという判断を先送りにする。
事業承継が進まない背景には、
人の問題と、
建物の問題が、
同時に存在している。
───
ここまで挙げたことは、
すべてすでに起きている事実だ。
だから2030年は、
何かが突然変わる年ではない。
今の延長線上で、
耐えられた宿と、
耐えられなかった宿の差が、
はっきり見える年になるだけだと思っている。
では今から何ができるのか?
───
一つ目は、
すべてを維持しようとしないことだ。
食事提供の形。
提供数。
提供時間。
無理を前提にした構造は、
いずれ必ず破綻する。
規模を落とす。
提供を絞る。
外部と組む。
これは後退ではなく、
継続のための設計を想定してみる。
───
二つ目は、
事業承継を感情ではなく構造で考えることだ。
誰が継ぐのか。
何を継ぐのか。
どこまで継ぐのか。
宿そのものを継ぐのか。
運営だけを残すのか。
不動産は切り離すのか。
答えは一つではない。
ただ曖昧なままにしておくことが、
一番のリスクになりつつある。
───
三つ目は、
できないことを言語化することだ。
すべての客を取らない。
すべての要望に応えない。
すべての市場を追わない。
これは守りではない。
現場を守るための選択だ。
2030年に残る宿は、
派手な宿ではなく、
無理をしなかった宿かもしれない。
───
2030年は、
希望と不安が入り混じる未来ではない。
すでに始まっている現実の延長だ。
人。
料理。
建物。
どれも一朝一夕には変わらない。
だからこそ今から向き合う意味がある。
完璧な答えを出す必要はない。
ただ考えることを止めない。
2025年の年の瀬に、
そんなことを思っている。

