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気持ちを整えるということ〜気持ちを整える習慣〜

気持ちを整えるということ〜気持ちを整える習慣〜

ここ数年気持ちを整えるという
話題を見聞きする機会が増えた。
自分自身もそれを求めていたし世の中にも多くなったさらに言えば近年加速したのではと思う。
私の場合ひとつのきっかけはコロナということも
あったかなと振り返りながら感じる。
世の中の答えという答えが音を立てて
崩れたような経験だった。
そんな中世の中でも心を整えるための方法論や、
感情の扱い方、それに向き合う姿勢。
さまざまな角度から今なお必要性は語られている。

ジャーナリング、
瞑想、
呼吸法、
マインドフルネス、アファメーションなどなど次から次へと聞きなれないものが進出しています。
どれも一定の効果があると言われ、
実際に多くの人が取り入れている。

私自身もコロナ時期であった
30代後半に差しかかった頃、
こうした方法を積極的に試していた。
仕事の量と責任が増え、どうしよも出来ないという諦めそうになる葛藤とそれでもどう支援すべきかと折れかける心と向き合う時間が多くなり、
気持ちの揺れがそのまま判断や成果に影響しやすくなった。
その不安を埋めるために、
今までの内なる手法から外側の手法に
手を伸ばしていた。

ところが、続かないものが多かった。

やってみる
馴染まない
少し時間が経つ
また元に戻る

続かないどころか、
始める前よりも気持ちが沈む日もあった。

できない
続かない
効果がない

そんな感覚が積み重なると、
整えるという行為が、
自分を責める材料になっていく感覚が増えていく。
手法は悪くないのに、
なぜか自分だけが取り残されたような
気持ちになる。

期待して始めた方法ほど、
うまくいかなかった時の落差が大きい。
改善を求めるほど、
できなかった時の嫌悪感は強くなる。
そしてその反動が一度に押し寄せる。

もう一度試そうとしても前の失敗が頭をよぎる。
またダメなんじゃないか
また自分を責める時間が来るんじゃないか

チャレンジする前に諦めが先に立つ。
整えるどころか、
マイナス方向へ転がっていく
負のスパイラルが生まれる。

今振り返れば、ただ相性が合わなかっただけだ。
手法が悪いわけでも、自分が弱いわけでもない。
気持ちを整える方法は、人によって違う。
自然とできることの延長にないものは、
どれだけ正しくても定着しない。

整えるとは自分に合わないものを見抜くところから始まるのだと思う。

───

落ち着くという言葉も、誤解を生みやすい。
落ち着きは環境に左右される。
居心地のいい場所では自然と落ち着くし、
合わない場所では落ち着けない。
呼吸法をいくら試しても、
静かに演出された場所やそもそも整った状態の人が整うわけであって環境が合わなければ意味がない。

落ち着きは整えた結果であって、
整える行為そのものではない。

整えるとは、もっと内側にある。
いま自分がどんな状態にいるのかを把握すること。その一点に尽きると私は結論づけている。

疲れているのか
焦っているのか
情報が足りていないのか
考えが散らかっているのか
感情が先に動いているのか

この違いを見分けるだけで、
整え方はまったく変わってくる。
逆にこの違いが分からない状態では、
どれだけ優れた手法でも効果は出ない。

30代前半の頃の私は、
この違いをよく見誤っていた。
すべてを同じ気分として扱い、
ひとまとめにして考えていた。
だから整わない。
整わない理由は方法ではなく状態を把握していなかったことにあった。

42歳になった今、
ようやく理解できるようになった。
整えるとは、
自分の状態を見抜く力を育てることだ。

───

もう一つ、大切な視点がある。
それは居心地の良さと悪さには必ず理由があるということだ。

居心地のいい状態とは、
気持ちの速度と行動の速度が
自然と合っているときだ。

仕事の全体像が見えている
判断の負荷が軽い
距離感が適度に保たれている
作業の粒度が自分に合っている

こうした条件が揃う日は不思議と整いやすい。

逆に居心地の悪さは構造の問題だ。
自分と状況の噛み合わせが悪いだけ。
それを性格の問題と誤解してしまうと、
苦しみは長引く。

段取りの優先度が見えない
情報が足りない
役割がブレる
スピードだけが先に進む

こうした条件では気持ちが乱れるのは至極まっとうなことだ。
整わない理由は、
弱さではなく、合っていないだけ。
自分に合う環境や条件を丁寧に見ていくことが、
整えるための道筋になる。

───

気持ちを整えるとは、
自分の基準点を知る行為だと思う。

落ち着ける場所ではなく、
自然と自分のペースに戻れる場所。
深呼吸が出来てホッとするタイミング
判断が軽くなる状況
考えがまとまりやすい環境
気持ちの流れが素直に動き出す瞬間

こうした小さな手がかりが、
整うという基準点のヒントになる。

基準点を持てるようになると、
揺れが大きくても戻りやすくなる。
自分の振れ幅を理解すると動きやすくなる。
自分の整え方は、
人から教わるものではなく、
自分の中から見つけていくものだと分かってくる。

整えるとは、
自分を見失わないための習慣なのだと思う。

───

ここまでは自分自身の経験も含めて書いてみて
下記からはそれを踏まえて私が今も続けていることも書いてみた。
今回記事を書き始めた主旨は公式noteの
#有料記事書いてみた
に参加してみようと思ったので書いてみたが
有料にすると今度は私がこのnoteを書いている主旨とズレるので有料ではなくそのまま利用します。

ここからは実際に気持ちを整えるためのヒントをまとめておきたい。
技術ではなく
日常に溶け込むレベルの小さな習慣だ。
ただ、続けるほど自分の基準点が掴みやすくなる。

まず合わなかった方法に
出会った時の扱い方が大切だ。
多くの人は、
うまくいかなかったときに自分を責めてしまう。
でもそれはただ相性が合わなかっただけ。
手法が悪いわけでも自分が弱いわけでもない。

合わなかった時に必要なのは、
責めることではなく、分かったと扱う姿勢だ。
自分に合わない
選択肢がひとつ減っただけで価値がある。

自分に合う整え方を見つけるには、
次の3つが役に立つ。

1つ目は、
呼吸が自然に深くなる瞬間を1日1回だけ
記録すること。
場所、姿勢、状況。
この3つを簡単に残すだけで傾向が見えてくる。

2つ目は、気持ちが重くなった時に、
起点となった出来事を一つだけ書くこと。
理由ではなく、事実だけを書く。
これを間違えると結構歪みが生じるので気をつけてほしい。私の好きな言葉を記していきます。
判断が迷いそうな時に思い出してほしい
「事実は1つ。解釈は無限。」
これを見誤ると意識の無限地獄に入り事実から
物事が遠ざかり一生帰れなくなりますので
灯りとしてこの言葉をお持ちください。
目的は自分が反応しやすい場面の
共通点が浮かび上がるのでおすすめ。

3つ目は作業が進みやすい場所を一つ持つこと。
場所は整え方の土台になる。
自分にとって速度が戻りやすい環境は、
感情よりも正直に整えてくれる。
家でもカフェでも外でも会社にあの場所でも
良いしどこだって良い。

これらは、
誰かの方法ではなく、
自分の傾向を集めるための習慣だ。
整えるとは、
自分の扱い方を知っていく行為だと思う。

最後に見ている方も少ないんですが
見てくれた誰かに伝えておきたいことがある。

気持ちが整わないとき、
人は自分の可能性を疑いやすい。
動けない日が続くと、
何か欠けているのではないかと感じてしまう。

今思うとそのほとんどは違う。

あなたには十分に可能性がある。
ただ自分に合う整え方に、
まだ出会っていないだけだ。

私は42歳になってようやく掴めてきた。
だから、急ぐ必要はない。
焦る必要もない。
けれど自分自身をおざなりにして流されていくと
あっという間になにかが進んでいくのです。
今整えるということに大切に気づいたならば
誰かのそれではなく
自分のそれにたどり着くための時間や空間をぜひ見つけに行ってほしい。

整えるとは、自分を深く知り、自分のペースに戻るための習慣だ。
それはあなた自身の中から少しずつつくられていくものだ。

佐藤弘明
佐藤弘明
常務取締役

旅館支援歴16年|集客・ブランド設計・運営改善まで現場密着伴走|旅館業界のリアルな現場から生まれる気づきや宿の未来を共につくるための視点を日々発信しています。

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