ある意味、ブランディングは寄せ集めである。価値観のコラージュとしてのブランドの輪郭

ブランディングって何ですか?
そう聞かれて即答できる人は案外少ない。
語るたびに言葉がずれていくような感覚を抱えて、
それでも私たちは
日々この言葉を使い続けている。
そして最近ふと思った。
ブランディングとは、
拾い集めた価値観の寄せ集めなのかもしれない。
──
ある宿が古民家を改装してリニューアルを始める。
地域の文化を活かしたい。
感性を刺激したい。
20代に届くデザインを
そんなテーマが持ち寄られ、
設計者、
プロデューサー、
ディレクター、
現場の声が重なっていく。
一見すると整っているがそれぞれの「思い」は異なる文脈で話されている。
ひとつのブランドという器に、
複数の価値観をなんとか共存させている状態。
それこそが、
ブランディングの正体なのかもしれない。
それでも伝わる宿があるのは、
その中に譲れない芯が一本通っているからだ。
──
逆に上手くいかないブランディングの多くは、
整いすぎた言葉の集積に過ぎない。
語られすぎて、
個性が抜け落ちてしまったブランド。
整えすぎて体温のない宿。
らしさが剥がれ落ちて、
誰にとってもなんとなく良さそうな宿に
成り下がってしまう。
──
だから私は最近、
改めてブランディングという言葉を
少し疑うようになった。
というより、寄せ集めであることを肯定的に受け止めたいと思うようになった。
人の想いは一つではない。
宿をつくるのも、
運営するのも、
表現するのも、ひとりではない。
だからこそいろんな想いが交差し、
重なり、摩擦し、やがて輪郭をもつ。
そのプロセスこそが、ブランドが宿るということなのかもしれない。
そこにいる人が言葉ではなく感じるものに誇りとプライドが持てるか。
──
正しさではなく余白のある言葉を探したい。
整いすぎた世界よりも、
どこか未完成なままの風景に惹かれる。
そんな感覚も大切にしながら、
今日もまた、ブランディングという言葉を通してきっかけを持ちながら本質を見失わないよう
宿の表現と向き合っている。

