旅館を守るために、数字と向き合うということ

帳場の向こうで静かに鳴るレジの音。
炊き出しの湯気と、予約帳の数字。
日々の営みは、目に見える動きと目に見えない蓄積でできている。
けれど経営の舵を取るとき目に見えないはずの数字が、
何よりも重たい現実になる。
旅館という世界でそれはとても静かにけれど確かに現れる。
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たとえばこんな旅館があったとします。
温泉地にある全10室の家族経営の宿。
昨年過去最高の売上を記録した。
けれど年末の預金残高を見て、女将さんはこうつぶやいた。
「売上が上がったはずなのに、全然手元に残ってないのよね…」
これはよくある話です。
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売上は増えている。でも利益が出ていない?
おそらくこの旅館こんな状況でした。
- 売上の7割近くをOTA経由で獲得しており楽天トラベル・じゃらん等の手数料が平均15%。月間売上が400万円の場合手数料だけで60万円前後の支出となっていた。
- 食材価格の高騰により料理原価率が38%
- 人手不足により、外注業務(清掃・洗い場など)を月20万円増加
売上は前年比110%でも利益率は前年度比マイナス。 売上が上がっても支出が膨らめば残らないという基本のロジックがここにあります。
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仮定としてこの宿では、年間経営の中で何が起きていたのか?
ここで上記のような旅館を年間ベースで試算してみましょう。
- 客室:10室 × 稼働率48% × 単価18,000円 × 365日 ≒ 年商3,153万円
- 売上原価(食材など38%想定)≒ 1,198万円
- 人件費(家族2名+外注人件費)≒ 900万円
- 水道光熱費・OTA手数料・消耗品など ≒ 700万円
⇒ 合計経費:約2,798万円 → 営業利益:約355万円(利益率約11.3%)
この数字を見ると一見健全そうに見えます。
けれどここから忘れてはいけない、
- 借入金返済(元本+利息)
- 固定資産税や保険料
- 家族の生活費(=実質的な“可処分所得”)
などが差し引かれると手元に残る金額はごくわずか。
売上はあるのに現金が増えないという感覚はこうして生まれます。
次の図にもあるように小規模旅館は借入金の依存度が業種別に見ても
軍を抜いておりキャッシュがそもそも残りにくい
経営になっていることが分かる。
依存度が高くなると何が問題になるかというと次の投資を考えたときに状況が良くなっていなければどこかで借り入れが出来ない状況を生む可能性あるということだ。
借り入れ依存体質がいかに自分たちの首を締めるかというのことも
これをきっかけに今一度見直してほしい。

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だからこそ数字を追いかけるのではなく、読みにいく
このような宿に必要なのは、次のような取り組みです
- FL比率(人件費+原価)を月次で把握
⇒こういった計算でも求めることが可能
FL比率(%)=〔人件費 + 食材原価〕 ÷ 売上 × 100
※一つの目安を決めて臨むことも大切。
FL比率が60%以上になると黒字確保が厳しくなる可能性大。 - 販促費(OTA手数料や広告費)を費用対効果で見直す
手数料率(%)= OTA手数料 ÷ OTA売上 ×100
自社予約率(%)= 自社予約数 ÷ 総予約数 ×100
【目安】
手数料率が15%以上のOTAが主要売上源なら代替策を検討。
自社予約が全体の30%を切る場合HP改善やSEO対策の優先順位が上がる - 収支の月次推移を簡易でよいので毎月記録
たとえばExcel1枚の「旅館の家計簿」でもかまいません。
月次で現金の動きを目で見ることが、次の動きを生み出します。
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満室なのに利益が出ない宿
「毎週末満室で、じゃらんも評価は高い」 そう語る若旦那がいます。
でも月次試算表を見ると、営業利益はほぼゼロ。
理由は単価の安さと原価率の高さ。
このような宿には以下の戦略が必要です:
- 利益が出る価格帯をベースにした販売設計
- 平日と週末で異なる商品設計(価格・特典・ターゲット)
- 満室ではなく残る金額を評価軸にする会議体の設置
満室を目指すことが悪ではありませんが、「残る=継続できる」が経営の大前提です。
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借入金がある宿が見落とす返済原資
設備投資により2000万円の借入を行った宿。
その後予約数も伸びて一見順調。
でも気づけば月の支払で資金がギリギリに。
このような宿が見落としがちなのが「減価償却費」と「税後利益」の差。
- 減価償却費は経費になるが現金は出ない
⇒ 利益は小さいのにキャッシュは多く見える - 税後利益が少ないと返済原資が不足する
⇒返すお金がないという状態に陥る
このため借入後のキャッシュフロー計画表を作っておくことは必須です。
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数字がわかれば、決断はぶれない
誰のために何を残していくか。
旅館を続けていくうえで、その問いはとても切実になる。
でも数字が読めるようになれば、
やめる、
つづける、
変える、
の決断に迷いが減る。
判断に自信が持てるのだ。
そしてそれはスタッフにも伝播する。
ぶれない背中は安心を生む。
経営はそうやって信頼をつくっていく。
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宿それぞれにある課題。
どこに着目するかでその本質が見えにくくなることがあります。
だからこそもう一度足元を見て見る。
そこから始まる旅館の未来づくりもあると私は信じています。

