少しずつ変わってきた旅の気配。

駅のホームでキャリーケースを引く若者たちの姿が減った。
温泉街の入口に、昔ほどのバスの列はない。
観光業の世界に身を置いていると、
そんな些細な風景の変化が、
じわじわと気になってくる。
それでも数字は回復しているという不思議。
2023年の訪日外国人旅行者数は2513万人。
コロナ禍で壊滅的だったインバウンド需要が、
ようやく戻り始めている。

ただその「戻り方」は、
以前とまったく同じではない。
かつてのように、
観光名所を駆け足でめぐる旅行者は
少なくなった。
東京から京都へ、
京都から大阪へという所謂ゴールデンルート的なそんな決まりきった動線にのらず、
小さな町や、
まだ名の知られていない宿を目指す人が
増えている。
静かな町にひとりで滞在する旅。
自然の中に身を置きたくて選ぶ旅。
誰かの営みにそっと触れたくて訪れる旅。
それは単なる「観光」ではなく、
その人なりの意味や問いを帯びた時間の使い方になってきているのかもしれない。
よくも悪くも何をを好きなように切り取ることや
それをシェアして成り立つことが
多くなっているように思う。
───
一方で別の数字も気になった。
65歳以上の高齢者による国内宿泊旅行者数は、
2022年をピークに、
2023年にはおよそ370万人減っている。
高齢化は進んでいるのに、
旅に出る高齢者は圧倒的の減っているのだ。
行きたくないのではなく、
行けなくなっている。
体力の問題、
介護との両立、
不安な気候や交通。
はたまた物価の高騰などなど、
気付けば旅のハードルが、
目に見えないところで高くなっている。
「アクティブシニア」という
言葉が生まれて久しいが、
その担い手の輪郭も少しずつ揺らぎ始めている。
そして若者はどうか。
こちらもまた行きたいのに
行けないという声も多い。
経済的な問題、
時間の確保、
そして何よりきっかけがない。
たしかに以前はもっと旅が生活の中にあった。
卒業旅行も、
家族旅行も、
気軽な日帰り温泉も、
行く理由があちらこちらに用意されていた。
けれど今は自分でその理由を見つけないと
旅は始まらない。
じわじわとコロナ以降と以前との価値観が
変わっていることをものたっているようにも
感じている。
昔ながら日本はあるものの中でも
豊かに暮らせる精神があった。
コロナの最中でこの価値観が旅行に行くという行為から身近な人と過ごすということでも貴重に
感じられる価値観をある意味では取り戻したようにも感じる。
それゆえにわざわざどこかにということも減っているというのは私の見解だ。
───
そう思うと、
旅という営みの重心が
変わってきているのだと思う。
団体旅行から個人旅行へ。
回遊型から滞在型へ。
消費から意味へ。
それはただ観光地に行くことではなく、
「なぜそこに行くのか」を問われる旅に
なってきた。
ランチェスター戦略的に言えば、
全方位に広く訴えるよりも、
小さなセグメントに深く刺さる
アプローチの方が今は機能する時代だ。
例えば森のなかにある温泉宿。
全国に無数にあるその1軒が、
ある外国人のSNS投稿をきっかけに、
特定の国の特定の趣味層からじわじわと
支持を得ていく。
そんな風景をいくつも目にしてきた。
───
宿の役割も以前とは変わりつつある。
ただ泊まるだけの場所ではなく、
自分の気持ちを整理したり、
静かに思い出したり、
何かを始めるきっかけになったりする場所へ。
どんな設備があるかではなく、
どんな時間が流れているかが選ばれる基準になりつつある。
だからこそいま宿に必要なのは、
正しく発信する力かもしれない。
目に見えない価値や空気を、
言葉や写真で伝えていくこと。
それが次の旅人の背中をそっと押す
スイッチになる。
───
旅が変わっている。
そしてそれに気づいている人たちが、
少しずつ次の時代の宿をつくり始めている。
この土地で何を大切に伝えていくのか。
その選択にこれからの観光の未来が宿っている。
観光白書を読みながら、
数字の奥にある旅人の背景にぼやっとある
気配を思い描いてみた。
旅自体が本来持っている役割を
もう一度それぞれの立場で再構築していく
必要が今こそある気がしている。

