大きな声にかき消されない小さな発信のこと。大分の宿に寄り添いながらいま考えていること

なんで、こんなに発信が届かないんだろう?
現場でそんな言葉を聞くたび、
胸のどこかがぎゅっとなる。
写真も整えて文章も丁寧に書いている。
でも思うように反応が返ってこない。
良くある。
(と言ってしまえばそれまでであるが)
ずばりそれはあなたの
発信力が足りないわけではない。
むしろ、戦い方が違っているだけなのだと思う。
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声を張り上げなくても届く方法はある
都市部のラグジュアリーホテルや
全国展開する大手リゾートが、
SNSで洗練された投稿を日々重ねている。
それはそれで素晴らしい。
でもそれは専門チームがいて、
撮影から編集、
運用、
分析までを仕組みで回せる
環境だからこそできること。
一方で大分の宿の多くは、
オーナーやスタッフ自身が
接客や清掃の合間にスマホで写真を撮り、
夜になってようやく一投稿を仕上げている。
その1枚に込めた時間と熱量を、
私たちはよく知っている。
それは決して見劣りではない。
ただ届き方と届け先を
見極める必要があるというだけの話だ。
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弱者という言葉を使わなくても、
戦略は存在している
私は発信を支える立場として、
現場と経営両方の気持ちに耳を傾けている中で
感じることがある。
発信とは「声の大きさ」ではなく「届け方の精度」だと。
全国に広く見せようとしなくていい。
たくさんの人にバズらせる必要もない。
その宿を必要としている人と、
きちんと出会うための言葉を選べるかどうか。
そもそもこの宿は、誰のためにあるのか?
その問いに向き合うことが、
すべての始まりだと思っている。
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数では測れない価値を、
どこまで信じられるか
観光統計で見れば、
大分は決して強者の土俵にはいない。
それでもわざわざこの地を選び、
何度も訪れてくれる人がいる。
そこには、
他では得られない静けさや温もりがあるからだ。
目立つ発信や便利さではなく、
じわじわと好きになる宿が、
実は大分には確かにあるしそれがたくさんある。
たとえば、
ひとり旅で自分と向き合いたい人に。
忙しい日々の余白を求める人に。
人の手ざわりや風景の静けさを感じたい人に。
その人にちゃんと届けばいい。
そして「また来たい」と思ってもらえれば、
それで十分なのだ。
大きく捉える必要はないけど
ついつい気付けば誰かのやり方が
自分たちのやり方だと認識してしまうものだ。
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だからこそ今日もまた静かに灯りをともすように
大分には、
静かに土地と向き合い、
泊まる人に誠実に向き合い続けている宿がある。
その声が情報の
洪水にかき消されてしまわぬように、
私たちは今日も発信という灯りを
そっと手渡したいと思う。
声を張り上げなくても選ばれる宿はある。
小さな発信にもちゃんと意味はある。
そう信じられることが、
きっと次の一歩につながっていくはずだから。

