ADBLOG

Category常務ブログ

観光がある日常のこと

観光がある日常のこと

バリ島ウブドという場所を通して別府の町を感じてみる。

ひょんなことからこの場所について触れることとなった。
その場所とはバリ島・ウブドという所だ。

画像
ウブド風味を醸すイメージ写真

名前は知っていたが改めて調べてみると
なんと言えばいいか
決して派手さはない場所なのだ。
けれどもどこか忘れがたい景色があるという。
観光地としてつくられた何かではなく、
そこに暮らす人の営みがそのまま旅になっているようなそんな空気感がある場所だ。

例えば市場でバナナを買うおばあちゃん。
家の前でお祈りをする女性たち。
棚田を見下ろしながら子どもたちが遊ぶ姿。
それらはすべて飾らない日常であり、
旅人にとっては心に残る非日常になるんだなと
感じた。

誰かの日常が誰かの非日常になるということを
改めて感じた。

改めて観光とは、
非日常を売る行為ではなく、
誰かの日常を借りる体験なのかもしれない。



ところ変わって私たちが向き合っている
九州・別府という町にも似た様な空気がある。
共同浴場にタオルをぶらさげた
おじいちゃんが向かっていく。
湯けむりの路地を歩けば洗濯物の隙間から、
日常の匂いがただよう。

画像
とある温泉地の日常を切り取ったイメージ

ここで暮らす人たちにとっては何気ない毎日。
だけど外から来た旅人にとっては、
どこか懐かしくどこかあたたかい光景。

つまり観光がある日常とは、
観光地に住む人々の暮らしそのものなのだ。
大袈裟に言ってしまえば誰かが勝手に
暮らしを切り取った先に
観光があるのかもしれない。



もちろんすべての町がウブドや別府のように暮らしと観光が近いわけではない。

けれど私は思う。
今の時代、
観光のあり方が多様になればなるほど、
非日常をつくることに
偏りすぎてはいないだろうかと。

どこかで体験したような演出や、
SNSに載せるための構図ばかりが先行して、
本当の旅の根っこつまり「その土地にある暮らし」から離れてしまってはいないか。



旅が豊かだと感じられる瞬間は、
必ず誰かの営みと交わったときだと思う。

焼き魚の匂いにふと目を細める朝。
商店街で「どこから来たの?」と
声をかけられる午後。
湯につかりながら、
地元の人と「今日は風があるね」と笑い合う夜。

それらは、
観光の商品ではなく、
その土地に住む人たちが生きている証だ。



観光とは
地域の経済を支えるためのものでもある。
でも同時にその土地に生きる人の「ありよう」が問われる行為でもある。

私は観光業に関わる者として思う。
もっともっと、誰かの暮らしを大切にする観光であってほしいと。

そしてそのためには観光に関わる私たち自身が、
「暮らしを見せることを誇りに思えるかどうか」が問われている気がしている。



別府の湯けむりが、
特別でなくなった日常の中にあるように。
その町の人々の営みが自然と旅になる。
そんな観光地こそがこれからの時代に愛されていくのではないだろうか。

旅とは暮らしの片鱗をそっと借りる時間。
誰かの大切な毎日を覗かせてもらうこと。

だからこそ、「観光がある日常」は
誰かの非日常である前に、
その土地の人々の日常であり続けてほしいと
願っている。

観光を作るということを通して街を作ることへの再認識になった日であった。

佐藤弘明
佐藤弘明
常務取締役

旅館支援歴16年|集客・ブランド設計・運営改善まで現場密着伴走|旅館業界のリアルな現場から生まれる気づきや宿の未来を共につくるための視点を日々発信しています。

ページ上部へ戻る