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知らない間になくなる街。それ以前に街を残す知恵を

知らない間になくなる街。それ以前に街を残す知恵を

知らないまま過ぎていく場所が日本にはいくつあるのだろうか。
北海道・弟子屈町にある川湯温泉という土地も、実のところ私は恥ずかしながら、
星野リゾートの進出報道で初めてその名を知った。

だが少し関心を向けてみれば、ただの小さな温泉街ではないことがすぐにわかる。

全国でも珍しい、強酸性の硫黄泉。
阿寒摩周国立公園という圧倒的な自然環境。
かつては年間136万人もの観光客が
訪れていたという記録。
そして、現在ではその半分以下にまで落ち込んでいるという現実。

こうした静かに失われつつある土地で、
今なにが起きているのか。
そしてなぜ星野リゾートはそこに目を向けたのか。
私なりに少し考えてみたいと思う。

静かに減り続ける温泉街とその理由

かつて川湯温泉には20軒以上の宿泊施設があったという。
今ではその数は6軒程度にまで減った。
数字を見ただけでも、
町の体力が確実に失われている。

要因は一つではない。
後継者不足、
施設の老朽化、
都市部への観光集中、そしてコロナ禍。
どれもが街を静かに確実に弱らせていった。

宿がなくなると空き家が増える。
景観が損なわれ、
人の流れが止まり商店が閉まり
気づけば街そのものの営みが失われ
気付けば息をしていな様な状態になっていく。

そんななか、
星野リゾートが川湯温泉への進出を発表した。
旅館ブランド「界 テシカガ」として、
2026年の開業を目指す。
ただの宿泊施設ではない。
温泉街の再編まちづくり構想まで含めた、
地域全体を見据えたプロジェクトだった。

いったんの撤退、そして「再検討」へ

だが2025年春。
星野リゾートは川湯温泉からの撤退を表明した。
まちづくりの運営体制に対する不安、
赤字リスクの所在など、
根本的な合意が得られなかったという。

しかしその後、
環境省と町が体制強化に乗り出し、
再び協議のテーブルにつくという流れが
生まれていく。
開業の時期はいまだ未定のままだが、
まちづくりそのものはまだ止まっていない。

宿という「点」から、街という「面」へ

星野リゾートが目指したのは、
単なる宿の再生ではなかったのだと思う。

宿という「点」ではなく、
街という「面」を再び呼吸させること。

リノベーションだけでなく、
川沿いの歩道整備や地域店舗との連携、
観光資源の再編集まで一宿が担うある意味で
理想の様でかなりのシビアな
連携と連動が大切だと側に感じた。

川湯温泉をひとつの生きた観光地として再構築しようとする構想は、
「そこまでしなければ蘇らない」という
切実な危機感の裏返しでもあったはずだ。

これまで星野リゾートが進出してきた地域では、観光客数の増加や地域との連携による
新しい経済圏の形成、
雇用創出などの波及効果が実際に生まれてきた。
もちろんだが星野リゾートが来ればすべてうまくいく!わけではない。

大切なのは誰と再生していくか、だ。

川湯温泉のような小さな町にとっては特に、
地域の人々の意志や行動がなければ、
建物だけが残っても、
街は生き返らない。

消えていく街と、続いていく街のちがい

これは川湯温泉だけの話ではないと
私は感じている。

日本全国には同じように静かに消えようとしている街がある。
観光ガイドでは目立っていないけれど、
その土地にしかない
空気と営みが息づいている場所。

けれど、誰にも気づかれないままに
灯りが消えていく
そうした場所をどう残していくのか。

私たちは、いつの間にかにぎやかな場所ばかりを見てしまっていないだろうか。
本当は忘れられていた場所の中にこそ、
これからの観光や、
地域の可能性が眠っているのかもしれない。

なくなる前に、残すという選択

川湯温泉の未来はまだ決まっていない。
けれど、今回の出来事が投げかけた問いは、
私たちにもだが数多くの土地に生きる方々に確実に響いているはずだ。

宿がなくなるのではない。
宿である意味が、
いま問われているのだ。

そして宿をきっかけに街が蘇るという図式も、
きっとまだ不可能ではない。
宿の光が街全体を照らすことだってある。

観光とは、
経済活動であると同時に、
記憶と記録の営みでもある。
今をどう残すかという姿勢が、
未来の旅人の風景を決めていく。

だからこそ、
なくなる前に残す知恵を。
ひとつの宿の営みがひとつの街を目覚めさせる。
私たちはそう信じている。

佐藤弘明
佐藤弘明
常務取締役

旅館支援歴16年|集客・ブランド設計・運営改善まで現場密着伴走|旅館業界のリアルな現場から生まれる気づきや宿の未来を共につくるための視点を日々発信しています。

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