一度目を大切にできなければ二度目はない

【一度きりでも、いいじゃないか。】
旅というものは、
行く前がいちばん楽しい。
どこへ行こうか、
何を食べようか、どこで泊まろうか─
そんなふうに夢を膨らませているうちは、
もう心が浮き立って仕方がない。
ところがいざ旅に出てみると、
案外、現実は地味なものだったりする。
道中は長く、
宿もそこそこ、
名物料理も思ったより普通だったりして。
帰り道には、「ああ、まぁ、いい経験にはなったけど……二度はないな」なんて、
ひとりグチることもある。
昔から、
そんなふうに「一度きりで十分な旅先」というのはたくさんあった。
けれども、それでもなんとか「また来てほしい」と願う宿もある。
昔とある山里に、
小さな宿があった。
湯もあり、飯も悪くない。
だが、不思議と二度目の客が来ない。
一度は泊まるでもそれっきり。
困り果てた宿の主は番頭と頭を突き合わせた。
「どうしたら、また来たくなる宿になるかねぇ」
番頭は言った。
「次に来たら、もっといいことがある─
そうすりゃきっと来てくれますよ」
そこで宿では、「次回来たら隠し湯へご案内!」「幻のきのこ鍋ご用意!」と
貼り紙をベタベタと貼った。
隠し湯といっても、
裏山は熊の縄張りだったし、
幻のきのこ鍋は下手をすれば
腹を壊す代物だったけれど。
それでも物好きな客はいるもので
ひとり先月泊まった男が、
またふらりと戻ってきた。
「よう、兄さん。例の幻の鍋、頼むぜ」
番頭は頭をかきながら言う。
「あっしも幻になっちまいまして汗」
「じゃあ隠し湯は?」
「熊専用になりまして」
呆れた客は、それでも一泊して、
翌朝ぽつりとひと言。
「今度来るときゃ、化けて出るときだな」
それから、
宿の貼り紙は一枚だけになった。
そこに書かれていた言葉は──
「ご生涯一度きりの、おもてなし。」
一度きりでもいい。
いい思い出がひとつ残ればそれで十分だ。
旅も人生も、きっとそんなものかもしれない。

