人は自分の持ち物より、
隣の人の持ち物のほうがよく見えることがある。
子どもの頃ならもしかすると
友だちの新しい筆箱がそうだったかもしれない。
大人になるとそれが道具ではなく、
実績や肩書きや
見え方に変わるだけなのかもしれない。
あの人は話がうまい。
あの会社は見せ方がうまい。
あの宿は写真が強い。
あのホテルはブランドがある。
そうやって見ているうちに
本当は自分に何があるのかを考えるはずなのに、
いつの間にか他人の持ち物を
数える時間になってしまう。
宿の強みを考える時も、
少し似たことが起きる気がしている。
宿の強みを考える時、
私たちは案外自分たちの中にあるものより、
他の宿が持っているもののほうを先に見てしまう。
今回はそのズレについて考えてみたい。
宿の強みは、比較しすぎると見えなくなる
宿の話をしていると
ときどき不思議に思うことがある。
本当は自分たちに
何があるのかを考えるはずなのに、
いつの間にか他の宿が何を持っているか
ばかり見てしまうことがある。
あの宿は露天風呂が強い。
あの宿は料理が有名だ。
あのホテルはデザインが洗練されている。
あの旅館は接客評価が高い。
あの施設はSNSがうまい。
あの宿はインバウンドが強い。
もちろん他を見ることは悪いことではない。
比較することももちろん必要だと思う。
けれど比較ばかりが前に出ると、
自分たちの宿の強みを探しているつもりが、
他人の評価軸に合う自分たちを
探す話に変わってしまう。
たぶんそこに少しズレがある。
宿の強みは評価されやすい項目だけではない
宿泊業ではわかりやすく
評価されやすいものがいくつかある。
施設の新しさ。
温泉のあるなし。
料理の華やかさ。
接客の点数。
写真映え。
立地の良さ。
価格の納得感。
どれも大事だと思う。
ただそれだけが宿の強みかと言えば、
そうとも言い切れない。
実際にはもっと地味で、
もっと言葉になりにくいものが、
強みになっている宿もある。
過ごし方に余韻がある。
人の距離感がちょうどいい。
派手ではないが落ち着く。
説明が過剰ではなく安心する。
朝の時間が気持ちいい。
帰る時にまた来たいと思える。
こういうものは分かりやすく比較に乗りにくい。
検索の一覧でも目立ちにくい。
けれど宿で過ごした記憶には確かに残る。
宿の強みとは本来
他の宿と比べて勝ちやすい項目だけを
指すわけではないのだと思う。
他人の物差しで見ていると、
自分たちの宿が弱く見えやすい
宿が自分たちの強みを見失う時は、
だいたい他人の物差しを
握りすぎている時なのかもしれない。
高級旅館のような接客ではない。
新築ホテルのような設備ではない。
人気宿のような料理演出ではない。
有名施設のようなブランド力もない。
そう考え始めると、
自分たちに足りないものばかりが
目に入るようになる。
けれど本当に見るべきなのはそこだろうか。
たとえば設備では勝てなくても、
滞在の過ごし方では勝てるかもしれない。
料理の豪華さではなく、
食べ終わったあとにさりげなく気持ちが残る
食事を出せるかもしれない。
写真の派手さはなくても、
実際に泊まった人の記憶に
深く残る宿かもしれない。
つまり宿の強みは、
相手の評価軸にきれいに乗ることではなく、
自分たちがどの場面で選ばれるのかを
知っていることに近い。
宿の強みはどこで信頼が積み上がるかに出る
宿の強みを考える時は、
何が目立つかよりどこで
信頼が積み上がっているかを見たほうがいい。
どんな口コミが多いのか。
どんなお客様が繰り返し来ているのか。
どの時間帯の印象が残っているのか。
何を褒められることが多いのか。
何がないと寂しいと言われるのか。
そこには自分たちの宿の強みの原型がある。
たとえば料理が強いと思っていたのに、
実際には接客の間合いを
評価されているかもしれない。
温泉が売りだと思っていたのに、
実は館内の静けさが
選ばれる理由になっているかもしれない。
客室を磨いてきたつもりでも、
最後に記憶に残っているのは
朝食後の声かけかもしれない。
宿の強みは自分たちが言いたいことの中ではなく、お客様の記憶の残り方の中にこそある。
まず見ておきたいことは、
そんなに多くない
宿の強みを見つけたい時は、
最近はあれもこれも分析しようと
しすぎないほうがいい気がしている。
まず見ておきたいことはそんなに多くない。
① どんな口コミが繰り返し残っているか
② どんなお客様がまた来ているか
③ 宿が売りたいこととお客様が覚えていることにズレはないか
この3つを見るだけでも
案外宿の現実は見える。
自分たちは料理を届けているつもりでも、
お客様は安心感を持ち帰っているかもしれない。
空間を磨いているつもりでも、
お客様は人の距離感を覚えているかもしれない。
宿の強みは内側の思い込みだけでも、
外側の評価だけでも見えにくい。
その間にあるズレを見ることが、
ひとつの手がかりになる。
相手の評価は大事だが、
全部を預けない
もちろん相手の評価は無視できない。
口コミもある。
OTAの点数もある。
比較もされる。
検索結果の見え方もある。
予約が入るかどうかという現実もある。
だから相手の評価軸をまったく
見ないという話ではない。
ただそれをそのまま自分たちの価値の
全部にしてしまうと宿は苦しくなる。
なぜなら評価の物差しは
相手によって変わるからだ。
価格に敏感なお客様もいる。
料理をいちばんに見る人もいる。
風呂を重視する人もいる。
快適性を重く見る人もいる。
不便さも含めて旅館らしさを楽しむ人もいれば、
そこにストレスを感じる人もいる。
つまり評価は揺れる。
相手が変われば見え方も変わる。
そのたびに自分たちの強みまで揺らしていたら、
何を磨けばいいのか分からなくなる。
宿が持つべきなのは
自分たちの軸で見た強みである
よく弊社の代表も言い続けているのは
『主人(あるじ)の思想が宿を創る』である。
だから必要なのは、
外の評価を切り離すことではなく、
その前に自分たちの軸で
宿の強み(想い)を持っておくことなのだと思う。
自分たちはどんな時間を届ける宿なのか。
どんなお客様にとってしっくりくる場所なのか。
何をしている時に信頼が積み上がるのか。
どんな滞在の流れなら自分たちらしさが出るのか。
何を無理に真似しなくていいのか。
この問いを自分たちの側で持つこと。
それがあれば他の宿の評価や市場の変化を見ても、全部をそこに預けずに済む。
参考にはする。
学びにもする。
でも自分たちの強みまで明け渡さない。
宿の強みというのは最初から
立派な名前がついているものではない。
あとから振り返ると
あれがそうだったのかもしれないと思えるものだ。
派手ではない。
けれど続いている。
目立たない。
けれど頼られている。
大声では言えない。
けれど確かに選ばれている。
そういうものが案外いちばん強い。
比較ではなく積み重ねの中に強みはある
宿の強みは比較の中で突然見つかるものではない。
たぶん積み重ねの中で少しずつ見えてくる。
お客様に何度も言われたこと。
自然と続いていること。
現場の人が大事にしてきたこと。
無理なくできているのにちゃんと
喜ばれていること。
自分たちの宿に戻ってくる理由になっていること。
そこに強みの芽があるのだと思う。
他の宿の強さを見るのは悪くない。
けれどその物差しだけで
自分たちの宿を測らないこと。
自分たちは何で選ばれているのか。
何で信頼されているのか。
何を磨くともっと宿らしくなれるのか。
その答えを他人の評価だけではなく、
自分たちの言葉で持てているだろうか。
宿の強みは比較の中で突然見つかるものではない。
日々の積み重ねの中であとから輪郭が
見えてくるものなのだと思う。
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