
旅館の相談を受けていると、
ホームページをどうするべきかという話は、
やはりよく出てくる。
古く見える。
スマホで見づらい。
予約につながっていない気がする。
写真も少し前のままだ。
言葉もしっくりきていない。
そういう違和感はたしかに大事だと思う。
実際ホームページは旅館の見え方を
左右する大きな入口であることは間違いない。
ただその一方でホームページを
リニューアルする理由をたくさん並べすぎると、
かえって本質がぼやけることがある。
デザインが古いから。
競合がきれいだから。
流行に合っていないから。
更新しづらいから。
予約システムが弱いから。
気に入ってないなどなど。
もちろんどれも理由にはなる。
けれど旅館にとって本当に大事なのは、
もっと少ない言葉で
言い切れることなのではないかと思う。
ホームページをリニューアルする理由は、
そんなに多くなくていい。
ただしないといけない理由はある。
それは自分たちの旅館に
どんな時間が流れているのかを、
きちんと伝えられる状態に戻すためだと思う。
旅館は建物や料理や温泉を
売っているようでいて、
実際にはその土地で過ごす時間の中身で
選ばれている。
けれどホームページが古いままだと、
その時間の魅力がうまく伝わらなくなる。
昔つくったサイトには
言ってみるとその当時の昔の自分たちがいる。
その時はその時で正しかったのだと思う。
けれど数年経てば、
旅館の中身も少しずつ変わっていく。
料理の出し方も変わる。
客層も変わる。
強みの置き方も変わる。
届けたい相手も変わる。
それなのに、
見え方だけが昔のままだと、
外から見た印象と、
中で実際に起きていることのあいだに、
少しずつズレが生まれていく。
このズレは意外と大きい。
現地に来ればいい宿だと分かる。
料理もいい。
空気もいい。
接客もいい。
それなのに予約の前段階で選ばれにくい。
うちの宿は来てもらえさえすれば
分かってくれるのに。
その通りだが来てもらうのが大変なのだ。
そういう旅館は少なくない。
だからホームページのリニューアルは、
きれいにするためのものというより、
いまの自分たちに見え方を
合わせ直すためのものだと思う。
そしてもうひとつ大きいのは、
ホームページが、
見てもらう場所である前に、
比較される場所になっていることだ。
いまのお客様は、
ひとつのサイトだけを見て決めることが少ない。
OTAも見る。
口コミも見る。
Googleマップも見る。
SNSも見る。
他の宿とも見比べる。
一つの物事を一側面で捉えて
予約は成立しないのだ。
その中で、
旅館のホームページだけが昔のままだと、
どうしても不利になる。
写真の印象が弱い。
どんな宿なのか一目で分からない。
客室の違いが見えにくい。
料理の魅力が伝わりきらない。
予約ページに行く前に思考が止まってしまう。
ここで負けてしまうと、
実際の価値以前に比較の入口で外されてしまう。
ホームページを変える理由は、
古いからではなく、
比較の中で勝ちにくくなっているからでもある。
旅館にとってホームページは案内板ではない。
集客の土台であり、
自社予約の入口であり、
信頼形成の基盤でもある。
ここが弱いと、
集客のたびに別のもので
補わなければならなくなる。
SNSでなんとかする。
広告でなんとかする。
OTAでなんとかする。
営業でなんとかする。
もちろんそれらも必要だ。
けれど土台が弱いままだと、
いつまでも補い続けることになる。
そう考えると旅館が
ホームページをリニューアルする理由は、
結局この3つに絞られるのだと思う。
① いまの旅館の魅力を
正しく伝えられていないから
② 比較される中で、
選ばれる理由が弱くなっているから
③ これからの集客や自社予約の
土台として機能していないから
この3つがあるなら
リニューアルする理由としては十分だと思う。
逆に言えばこの3つが曖昧なまま、
ただ見た目だけを整えても結果は出にくい。
大事なのはどんなデザインにするかの前に、
この旅館にはどんな時間が流れていて、
誰にそれが響くのかを、
もう一度自分たちで言葉にし直すことだ。
誰に来てほしいのか。
何を良い時間として感じてもらいたいのか。
この旅館に流れている空気は何なのか。
なぜ他ではなくここを選ぶ理由があるのか。
そこが定まると写真の選び方も変わる。
見出しの言葉も変わる。
客室の見せ方も変わる。
予約への導き方も変わる。
ホームページのリニューアルとは、
画面を新しくすることではない。
旅館の価値を、
いまの時代の中で、
もう一度伝わる形に整え直すことなのだと思う。
だから理由は多くなくていい。
ただし旅館としてこれから
どう選ばれていきたいのか、
そのために何を整え直すのか。
そこだけははっきり持っていたほうがいい。
ホームページを変えるというのは、
見た目を変えることではなく、
旅館の現在地を外に向かって
言い直すことなのだと思う。
